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お客さまの手続きをサポートする顧客行動分析技術

顧客体験 カスタマーサポート 系列分析

千葉 昭宏(ちば あきひろ) 林 芳樹(はやし よしき)
浅井 洋樹(あさい ひろき) 永田 智大(ながた ともひろ)
†1
サービスイノベーション部
塩田 哲哉(しおだ てつや) 福島 健祐(ふくしま けんすけ)†2
日本電信電話株式会社 NTTスマートデータサイエンスセンタ
†1 現在,クロステック開発部
†2 現在,西日本電信電話株式会社 エンタープライズビジネス営業部

あらまし
カスタマーサポートにおいて,お客さま1人ひとりに合わせた,きめ細かなサポートを実現するためには,属性や行動などのお客さま情報からニーズや課題をとらえて,最適な方法で支援する必要がある.しかし,近年,お客さまのライフスタイルやドコモの提供するサービスは多様化してきており,きめ細かな応対の改善が難しくなってきた.本稿では,ドコモのAIによるお客さま1人ひとりに合わせた応対方法の最適化の取組みを解説する.

01. まえがき

  • ドコモでは,より良い顧客体験(CX:Customer Experience)の提供をめざして, ...

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    ドコモでは,より良い顧客体験(CX:Customer Experience)の提供をめざして,顧客理解を高度化するデータ分析技術の開発を進めている.データ分析により,お客さまのニーズや課題を素早くかつ正確にとらえ,それらの情報を基にカスタマーサポートを改善し,お客さまがスムーズに手続き可能な環境の提供をめざしている.

    カスタマーサポートは,商品の購入,サービスの契約から,利用時の不具合の対応まで多岐にわたるが,本稿では特にお客さまに合わせた手続きの案内に注目する.例えば,オンライン手続き中のWebブラウザ上での情報提示の最適化やサービス提案のメール配信の個別化などにより,お客さまのスムーズな手続きに寄与することを考えている.これを実現するために,ドコモでは,AIを用いて,お客さまの状態から必要とするサポートのタイミングや方法の予測と,お客さまに合わせた情報提示の改善に取り組んでいる.

    従来,年代や性別といった属性情報を基に,お客さまの特徴をとらえて情報提示してきた.しかしながら,同じお客さまであっても状況(最近見たキャンペーンの情報や実施した手続きなど)が変われば,必要とする情報も変わってくる.従って,時間的な変化の少ない属性情報に加えて,時々刻々と変化するお客さまの行動を考慮して,サポートすることが重要になる.

    お客さまの行動は,お客さまと企業との接点にて観測されるが,このような接点をドコモは数多く用意している.例えば,ドコモショップへの来店やインフォメーションセンタへの入電,ドコモオンラインショップのサイト閲覧などである.最近では,オンライン窓口のような新たな接点も用意している[1].しかしながら,多数の接点を設けたことで,お客さまの行動は多様になり,企業はお客さまの行動導線における課題をとらえることが難しくなった.例えば,ドコモオンラインショップを閲覧してからリアルのドコモショップでスマートフォンを購入したお客さまの来店理由を把握するためには,オンラインショップの閲覧履歴というオンライン上の行動と来店というリアルの行動の両方をとらえる必要がある.

    そこで,まずドコモは,顧客接点を横断してお客さまの行動を収集・統合する分析基盤を開発した.これにより,お客さまの一連の行動をとらえて,お客さまの行動導線の改善が可能になった.

    さらに,このお客さまの行動をより効率よく,高精度にとらえるための顧客行動分析技術を開発した.本技術の目的は,高度なカスタマーサポートのための①将来のお客さま行動の予測と②サポート効果の算出である.例えば,将来起こり得る手続きを予測できれば,お客さまがサポートサイトを閲覧した際に,その手続きに関連する回答を優先して提示するなどの,お客さまに合わせた応対が実現できる.また,その回答のうち,どの回答が最も効果が高いかをあらかじめ算出できれば,回答の表示順序を最適化して,そのお客さまに必要な情報を優先して提示することもできる.

    本稿では,お客さまの行動を効率よく高精度にとらえることができる顧客行動分析技術について詳細を解説する.具体的には,顧客行動分析技術のコアとなる,NTT研究所で開発された「大規模行動モデル(LAM:Large Action Models)」と,そのモデルをカスタマーサポートに応用するための「サポート効果の予測機能」を解説する.また,ドコモのビジネスにおける本技術の具体的な活用方法を,電話による案内やサポート(電話サポート)を例に紹介する.

02. 顧客行動分析技術

  • 2.1 LAM

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    (1)概 要

    LAMは,Transformer[2]をベースに,時系列に並んだ行動の関係性を学習できるようにしたものである.Transformerは,自然言語*1処理の分野での活用が進む技術で,単語などのトークン*2間の関係性を自己学習するモデルである.ドコモは,NTTと共同で,このTransformerの仕組みを顧客行動の分析に活用するため,LAMの研究開発を進め,応対方法の改善に活用している[3].

    図1に示すように,言語が単語の並んだ系列データ*3であるのと同様に,顧客行動も問合せや閲覧といった行動1つひとつをトークンとみなせば,系列データとして取り扱える.ただし,言語における単語の位置が文書全体での相対的な位置として表されるのに対して,顧客行動の場合は日時に基づく絶対的な位置として表される点が大きく異なる.

    顧客行動分析においては,この日時の情報が重要である.例えば,来店などの特定の行動は週末に集中し,Webサイトの閲覧頻度はライフスタイルによって日中と夜間で差が大きくなる.顧客行動を理解する上で,こうした周期性を表す情報を無視することはできない.

    そこで,LAMでは,この周期性を周期関数で変換して埋め込む仕組みを導入した.埋込み方法のイメージを図2に示す.絶対的な日時の情報を,年/月/日/時/分/秒/平日・休日の7つに分解し,それぞれを周期関数で変換したのちベクトルとして連結する.この位置埋込みに加えて,お客さまの契約状態などの属性情報と閲覧したWebページのタイトルなどの行動情報とを,それぞれ属性埋込みと行動埋込みとしてベクトルにして,注意機構*4の入力とした.全体の構成は,図3に示すとおり,3つの注意機構で構成されることが特徴である.注意機構Aは,顧客の属性・行動・時刻(位置)の関係性を考慮する役割がある.しかし,注意機構Aのみでは属性が過度に重視されてしまうため,行動埋込みのみを入力とする注意機構Bを組み込むことで,行動情報を主とした顧客理解ができるようにした.注意機構Cは,注意機構A,Bの出力を統合することで,属性と行動をバランスよく考慮できるようになっている.

    (2)学習方法

    モデルのパラメータを,Masked Language Model[4]で学習させた.これは,系列の一部を[MASK]など欠落を表すトークンに置き換えて,そこに何が入るかを,周辺のトークンを参考に推定させることで,トークン間の関係性を学習させるものである(図4左).自然言語処理では,ランダムに[MASK]に置換し,トークンの前後関係を学習させている.本技術では,より将来のお客さまの行動(トークン)の予測精度を高めるために,ランダムな置換に加えて,系列後方も同時に置換した(図4右).これにより,系列前方のトークンの並びから,後方のトークンへの関係性が効率よく学習されることを狙った.

    (3)有効性検証

    実際に自社で活用する前に,本技術の有効性の検証として,オープンデータ[5][6]を用いた評価を実施した.評価では,レビューした商品をトークンとして,将来レビューする商品を予測した.その結果,通常のTransformerとLAMのROC-AUC(Receiver Operating Characteristic-Area Under the Curve)*5はそれぞれ0.693,0.734であり,LAMの精度の方が高かった.これは,レビューした日時の周期性に関する情報を埋め込んだことによる効果だと考えられる.

    以上,顧客行動分析において,将来行動を予測する方法を解説し,オープンデータによる検証結果を紹介した.高度なカスタマーサポートの提供にあたっては,お客さまの将来の行動を予測した後,その予測に基づいてお客さまの行動を実際にサポートすることになる.このサポートがお客さまにとって有意義なものにならなければならない.そこで,ドコモは,このサポートの効果を事前に算出し,お客さまに合わせて効果の高いサポートを提案する手法を考案した.

    図1 顧客行動と言語の比較イメージ、図2 時刻情報の埋込みイメージ
    図3 LAMの構成イメージ、図4 Masked Language Model(左:一般的な自然言語処理の場合,右:顧客行動分析の場合)イメージ

    2.2 サポート効果の予測機能

    より良いCXの提供には,お客さまの状況に合わせたサポートが重要である.本機能では,お客さまの属性や行動を基に,お客さまの所望手続きの完了のためにサポートが必要かどうかをAIに判定させる.その判定には,前述したLAMを用いる.LAMでは,[MASK]を含む系列を入力すると,[MASK]の時点で発生し得る行動の確率が予測される.将来のある一時点を[MASK]にして入力すれば,将来のその時点でのお客さまの所望手続き完了(CV:Conversion)の確率を予測可能である.さらに,[MASK]の前の時点にサポートにあたる行動を挿入して予測すれば,サポートがあったときのCVの確率を予測可能である.サポートがあるとした場合の確率と,ないとした場合の確率の差分からサポート効果を予想する.

    図5を用いて,具体的な手順を説明する.図中の四角は時系列に並んだ行動を表している.まず,サポート行動を取らなかった場合のCV予測を算出するため,図中の現在以降の行動を[MASK]に置換した状態で,CVの確率が最も高くなる位置を求める.ここでは,図中のP1の位置が最もCVの確率が高いと予想された位置であり,この時点での確率をQ1とおく.次に,サポート行動を取った場合のCV予測を算出するため,P1以前の位置でFAQページの閲覧などのサポートに類する行動が起きる確率が高い位置を求める.ここでは,P2の位置が最もサポートに類する行動が起きる確率の高い位置であると予想された.このときの,位置P1における,CVの確率をQ1’とおくと,サポート効果δQ1’-Q1で表される.このδが正に大きければ,サポートによってCVの確率が高まることを示しており,負に大きければ,サポートが悪影響を与えることを示している.このδが一定の値以上だった場合にサポートしたり,サポート方法ごとにδを求めて最大の効果があるサポート方法を採用したりすることで,お客さまの状況に合わせたサポートが可能になる.

    図5 サポート効果の予測イメージ
    1. 自然言語:日本語や英語などの言語のことで,本稿では主に文章などのテキストを指す.
    2. トークン:本稿では,1つのWebサイトの各ページの閲覧や一回のコンタクトセンタへの電話など,単一のお客さまの行動のこと.
    3. 系列データ:文字列や音声波形,購入履歴などのように,要素が直列に並んでいるデータのこと.
    4. 注意機構:トークン間の関連度の強さを学習する仕組みのこと.
    5. ROC-AUC:すべての予測を正しく当てたときに1.0,予測がランダムだった場合に0.5をとる指標で,一般に0.7以上で一定の精度を担保しているとされる.

03. 顧客行動分析技術のビジネス活用

  • 3.1 お客さまサポートの課題

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    お客さまサポートの充実は重要であるが,サポート提供側の限られたリソースを有効に活用する必要がある.ドコモでは,お客さまがアクセスしやすいオンライン上でのサポートの充実を図っているが,電話によるインタラクティブなサポートは依然として有効である.あらかじめドコモからのサポートを必要とするお客さまを知ることができれば,お客さまが困る前に,手続きに必要な情報を先回って案内することが可能になる.そこで,ドコモでは,LAMおよびサポート効果の予測機能を電話サポートに活用した.

    従来は,ドメイン知識*6に基づいて,電話サポートが必要だと考えられるお客さまを中心に電話をかけていたが,属性だけでは,正確にお客さまの状況を理解しきれず,架電オペレータの限られた人的リソースを,有効に活用しきれていなかった.そこで,本技術を用いて,電話サポートが必要な度合いが大きいと予想されたお客さまから順に電話をかける仕組みとすることで,リソースの最適化を図った.

    3.2 顧客行動分析技術による解決

    顧客行動分析技術は,前述した仕組みによって,①お客さまの将来のCVを予測する機能,②サポートのCVへの効果を算出する機能を備えている.ここで,CVはサポート対象とする手続きであり,サポートは電話サポートを指す.

    ①②の機能によって,サポート対象手続きの実施確率が高い(=サポート対象手続きに興味がある)かつ,サポートの効果が高い(=サポートを必要としている)お客さまを見つけることができる.

    3.3 予測結果に基づくサポート実施とその効果

    予測された結果に基づいて,サポートの効果が見込まれるお客さまに対して,ドコモから電話をかけて,サポートを実施した.従来のドメイン知識に基づく条件で抽出したお客さまに比べて,サポート実施後のCVの割合が向上した.これは,お客さまの行動の情報を基に,手続きの可能性が高く,サポートの必要性があるお客さまにリソースを割いた結果であると考えられる.

    また,電話によるサポートを実施したお客さまからは,「自分1人では,手続きをすることはできなかったので,サポートしてもらえて助かった」との声があった.さらに,実際に電話をかけているオペレータからは,サポートの効果が高いと予想されたお客さまに対しては,お手伝いの提案をした際に電話サポートを希望される傾向があるとの声があり,定性的な評価でも効果があったと考えられる.

    1. ドメイン知識:対象としている業界や事業についての知識や知見,トレンドなどの情報.

04. あとがき

  • 本稿では,ドコモのお客さま行動を分析し,高度なサポートを提供するための, ...

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    本稿では,ドコモのお客さま行動を分析し,高度なサポートを提供するための,顧客行動分析技術について述べた.本技術を構成するLAMの概要と,LAMをドコモのビジネスに活用するために開発された,サポート効果の予測機能を解説するとともに,お客さまへの電話サポートでの活用事例を紹介した.

    顧客行動分析技術によってCVの割合の向上が確認され,お客さまに合わせたサポートの提供という目的を達成することができた.今後,さまざまなカスタマーサポートに対して本技術を適用していきたい.

  • 文献

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    • [1] NTTドコモ報道発表資料:“オンライン接客サービス「ドコモのオンライン窓口」の提供を開始-お好きな場所からオンラインでお手続きのご相談,お申込みが可能に-,” Feb. 2023.
      https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2023/02/16_00.html
    • [2] A. Vaswani, N. Shazeer, N. Parmar, J. Uszkoreit, L. Jones, A. Gomez, L. Kaiser and I. Polosukhin:“Attention is All you Need,”Advances in Neural Information Processing Systems, Vol.30, Dec. 2017.
    • [3] 千葉 昭宏,福島 健祐,塩田 哲哉,林 芳樹,浅井 洋樹,永田 智大,石井 方邦,倉沢 央,柴田 樹,佐藤 篤:“周期性を考慮したBERT の顧客行動分析への応用,”電子情報通信学会総合大会,B-15-24,Mar. 2023.
    • [4] J. Devlin, M.-W. Chang, K. L. and K. Toutanova:“BERT:Pre-training of Deep Bidirectional Transformers for Language Understanding,”Proc. of NAACL-HLT, pp.4171–4186, May 2019.
    • [5] J. McAuley, C. Targett, Q. Shi and A. Hengel:“Image-based Recommendations on Styles and Substitutes,”Proc. of SIGIR ‘15, Aug. 2015.
    • [6] R. He and J. McAuley:“Ups and Downs: Modeling the Visual Evolution of Fashion Trends with One-Class Collaborative Filtering,”Proc. of WWW, Feb. 2016.
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