所長挨拶

所長の飽戸 弘のご挨拶をご紹介いたします。

来たるべきモバイル社会に備えて

飽戸 弘 モバイル社会研究所 所長 東京大学名誉教授

今や携帯電話(ケータイ)は「究極のメディア」になりつつあります。

もちろんケータイは電話ですから"電話"がかけられます。iモード等のモバイル・インターネットの開発・普及によって、"メール"ができ、"インターネット"ができるようになりました。音楽もダウンロードできるので、これは"音楽プレーヤー"機能でしょう。カメラ機能を搭載し、"デジカメ"としての撮影だけでなく、"テレビ電話"もできます。ワンセグが普及し"テレビ"も高画質で見られるようになりました。有料の"動画配信"により、テレビを凌ぐコンテンツも出現しつつあります。ICチップを内蔵し、電子マネーやクレジットカード、会員証や電車の定期券など、財布の中身をケータイで実現する"おサイフケータイ" サービスも利用が増加してきました。またスマートフォンの登場で、テンキーだけでなく、パソコンと同じQWERTYキーボードでの入力や、タッチパネルも併用、さらにWORD、EXEL、POWER POINTまで加わって、まさにケータイは"パソコン"になりつつあります。

電話・通信機能とつなげば、いつでもどこでも、メールができ、インターネットができ、テレビが見られ、文章を書き、写真や図表が送れ、さらには電子マネーをチャージして使う事もできます。まさに究極のメディアになりつつあるといえるでしょう。

もちろん、テレビを見るには画面が小さすぎるかもしれません。料金も使い方ではかなり高価になります。電話、メール以外の機能を駆使するには、特に子供や高齢者には、設定・操作がまだまだ難しいなど、「ハード」面での問題はいくつも残されています。しかしともかくスタートを切ったことは確かで、今後の進化の過程でさらに便利なものになっていくでしょう。そういう意味で、究極のメディアに"なりつつある"と申し上げました。

一方、インターネットや動画配信において、子どもに不適切なコンテンツや、メールによるいじめ、あまりにケータイを多用するため生活時間が大きく制約される、などの「ソフト」の面での問題も、いろいろ出て来ています。ケータイが便利になるほど、身近になるほど、社会生活への貢献も大きい反面、問題も生じてきます。そうしたケータイが大きな役割を果たす「モバイル社会」の光と影についても、考えて行かなければなりません。

今まで私は、テレビや新聞などの「マスメディア」の研究を主に行なってきましたが、いまマスメディアは、ケータイ、インターネットなど、「通信」の発展によって大きく変質しつつあります。変革せざるを得なくなりつつあると表現すべきかもしれません。取材、編集を軽視する"ジャーナリズムの危機"が叫ばれ、コンテンツに関しても、放送と通信の融合が進み、境界がますます希薄になり、さまざまな問題が起こっています。

そうした時代に、通信とマスメディア、特に通信と放送との関連を、双方から見て行くことができる機会を与えられ、大いに意欲を燃やしています。

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