スマートフォンの普及に伴い、モバイル通信のトラヒックが増大している。一般的に、通信が集中する都市部のような高トラヒックエリアにおいては、通常基地局のエリア内に設置する、小さなサービスエリアを構築する「スモールセル基地局」を設置し、トラヒックを分散させることが重要となる。今後、5Gの商用サービスが開始されれば、スモールセルの重要度はさらに増していくだろう。

こうした状況の中、ドコモとAGCが2018年11月に電波送受信が可能なガラスアンテナを共同開発したことを発表し、大きな話題を呼んだ。ガラスアンテナは、"窓の基地局化"をめざし、スモールセル用のアンテナとして開発されたものだ。

今回、アンテナの形状としてなぜ「ガラス」に着目したのだろうか? ガラスアンテナの開発プロジェクトに携わった AGCビルディング・産業ガラスカンパニーの岡賢太郎氏と、NTTドコモ 無線アクセスネットワーク部の上田明頌氏に話を伺った。

家電や太陽光発電に用いられる材料まで広く検討

——まずは、ガラスアンテナの概要について教えていただけますか

岡氏:今回開発したガラスアンテナは、AGCが保有する「アトッチ工法」を活用して建物内の窓に貼り付けることで、屋外のサービスエリアをカバーするものです。透明・透視性のある導電材料とガラスを組み合わせることで、景観や室内デザインを損なわずにスモールセル用のアンテナ増設を実現できます。

ガラスアンテナには、自動車のフロントガラスとして用いられる「合わせガラス」の原理を応用しています。合わせガラスは、ガラスとガラスのあいだに透明な樹脂を挟んで加熱圧着し、1枚のガラスにしたものです。今回は、ガラスとガラスのあいだに透明な樹脂と導電材料として金属膜を挟み込んでいます。この金属膜に電気を送ることで、電波を発信するような仕組みになっています。

——樹脂や導電材料は、材料として一般的なものなのでしょうか?

岡氏:樹脂や導電材料にもさまざまな種類がありますが、一般的に建築用で使われているような材料ではありません。求められている性能を達成できるような高品質なアンテナを実現するには、これまで利用したことのない材料まで含めて検討していく必要がありましたので、開発の際には家電や太陽光発電などさまざまなシーンで使われている材料をすべてチェックして、そのなかからガラスアンテナに用いる材料としてベストなものを選びました。

ドコモとAGCのガラスアンテナ

開発の過程には「大変なチャレンジがいくつもあった」と語るAGC ビルディング・産業ガラスカンパニーの岡氏。

なぜ「ガラス」だったのか?

——「窓の基地局化」に取組もうと思った背景を教えてください

上田氏:スマートフォンの普及に伴ってトラヒックが増大しているなかで、ドコモとしては小さなエリアをカバーできるスモールセル基地局を増設していくことで、トラヒックを分散させるような取組みを行ってきました。

そこで課題になるのが景観です。スモールセル用のアンテナは通常、建物の屋上や中低層階の壁面に取付けられますが、景観が重視されるような場所では、ビル所有者からの許可が下りづらく、設置が難しいケースがあります。アンテナを室内側に置くことも検討しましたが、電波が壁を通過できなかったり、窓に電波が反射してしまったりなど、アンテナ本来の特性を維持したまま屋外をエリア化できないという課題がありました。

ドコモとAGCのガラスアンテナ

景観が重視されるエリアでは、中低層階の壁面にスモールセルを設置することは難しい

——主に景観の観点からどんな建物にも設置しやすい形状のアンテナが求められていたということですね

上田氏:そうです。こうした状況の中、大手ガラスメーカーであり、車載用アンテナの技術にも強みのあるAGCからガラスアンテナのアイディアをご提案いただきました。

——AGCとしては車載用アンテナの技術をガラスアンテナに応用したという形なのでしょうか。

岡氏:もともとあった技術をそのまま転用したというわけではありません。以前から車載用アンテナを取扱っていた弊社では、アンテナ技術者が少なくなく、彼らの協力を仰ぎながら、ビルディング産業ガラスカンパニーとして今回新たに、建物の窓に設置するガラスアンテナの開発にチャレンジしたという形ですね。

AGCとしても、人口と建物の減少に伴うガラス市場の伸び悩みに対して、需要創造に向けた新しいチャレンジが必要でした。ガラスというと、省エネの機能ばかりが注目されがちですが、近年ではサイネージ用のガラスやデザイン性の高いガラスなどさまざまな機能をもつものが登場してきています。こうした中、5Gが商用化されるとアンテナの設置場所が足りなくなるという話を聞き、「だったら、ガラスにアンテナを付けちゃえばいいじゃん!」という気持ちからガラスアンテナのアイディアに至りました。

——ガラスアンテナの特長について教えてください。

岡氏:ガラスアンテナは、今回新たに開発した「Glass Interface Layer(GIL)」という層を設けることで、電波が窓ガラスを通過した際の減衰・反射を抑え、電波をそのまま屋外に放射することができるという特長を持っています。

また、一般の窓ガラスは設置する高さやサイズによって厚さが異なります。ガラスの厚さによって電波の通しやすさは変わってくるので、貼り付けるガラスに適したアンテナの性能を調整していく必要があります。今回私たちは、ガラスの厚さに対してシミュレーションを行い、いちばん電波が通りやすいアンテナを設計できるような技術も確立しました。ガラスのさまざまな厚さに対して、GILの種類を変えることで対応できるようにしたんです。

——GILの種類によって、アンテナの性能が変わってくるということですね。ガラスアンテナの開発はいつごろから始められたのですか。

岡氏:私がプロジェクトリーダーとして活動を始めたのが2017年10月でした。ガラスアンテナの発表をしたのは2018年11月なので、開発期間は約1年ですね。

——ガラスアンテナの素材選びから始まり、アンテナとしての性能を満たすための検討を重ね、またガラスの厚みに対してもそれぞれシミュレーションを行うなど、多くのステップを重ねているにも関わらず、約1年で開発とは非常にスピード感があります。

岡氏:もともと車載用途以外のガラスアンテナを検討していたAGCの技術者がプロジェクトに入っていたからこそ、キャッチアップできたのだと思います。

——ドコモとしてはどのようにガラスアンテナの開発プロジェクトを進められましたか?

上田氏: 実際にどういうエリアが必要なのか、それに対してアンテナはどのような性能が求められるのか、電波の人体に対する安全性の基準となる「電波防護指針」をどのように満たしていくか、などといった実運用に関することを考えるのがドコモの役割です。

岡氏: AGCとしては基地局アンテナは知見のない領域ですので、どのようなシーンで、どう利用されるのかというところからドコモにご指示をいただいていました。実際にアンテナを運用するドコモに開発の方向性を示していただきつつ、ビジネスとして実装した際の肝になる部分を教えてもらいながら開発できたことは大きかったですね。

——ガラスアンテナはどのような場所での提供を想定されていますか。

上田氏:東京都内でいうと丸の内など、景観が重視されており、これまでアンテナ設置が難しかった地区です。ガラスアンテナを一つ設置した場合、見通しがあれば150m程度のエリアをカバーできることを実証実験で確認しています。通常のスモールセルのエリアが50m〜150mですので、それとほぼ同等ということになります。これまで導入できていないところにアンテナを増設して、エリア拡充をはかりたいですね。

ドコモとAGCのガラスアンテナ

ガラスアンテナの強みを解説するNTTドコモの上田氏。街の景観と融和する全く新しいつくりが特徴だ

街並みに溶け込んだアンテナで、快適な通信を

——実用化に向けて、今後課題となってくるのはどのような点でしょうか。

上田氏:設置する具体的な方法ですね。特に、無線装置につながる給電線の部分をいかに目立たなくするかというところが最後に残された課題です。ガラスアンテナは景観を損ねないというところが一番のアピールポイントですし、せっかく透明でスタイリッシュな形に仕上がっているので、人の目に見える部分である給電線も何らかの工夫をして目立たなくさせていく必要があると考えています。

——AGCとしての課題はありますか?

岡氏:開発すべきことはまだまだあるのですが、AGCとして一番解決したいことは、「Low-Eペアガラス」と呼ばれる断熱性能と遮熱性能を持つエコガラスへの対応です。エコガラスには金属膜が用いられているため、電波を透過させることができないんです。この課題を解決できると、エコガラスが普及しているヨーロッパなどへの展開も視野に入ってきます。

——ガラスアンテナが量産化されていくと、私たちの生活はどのように変わってくるのでしょうか。

上田氏:やはり景観の観点でアンテナを設置できなかったところにガラスアンテナを活用することで、さらなるエリア拡充に向けた対策ができるようになるところが大きなポイントです。2019年上期の実用化に向けて、開発を進めていきます。

また5Gでも活用できる技術だと思いますので、2019年に予定されている周波数割当の動向を踏まえたうえで、5Gに対応したガラスアンテナについても検討を進めていきたいと思っています。

——トラヒックが増大していくなかで、窓ガラス以外にも基地局化を検討しているものはありますか。

上田氏:マンホール型基地局の検討も進めています。5Gの商用サービス化にあたっては、これまで以上にさまざまな場所をエリア化していく必要が出てきます。そこで重要になってくるのが、やはり「目立たない」という特長です。マンホールや窓ガラスのように、街並みに溶け込んで、アンテナがないように見えるのが理想ですので引き続き検討を進めていきます。

ドコモとAGCのガラスアンテナ

「DOCOMO Open House 2018」にて。左から、勝山幸人氏、AGC ビルディング・産業ガラスカンパニー 岡賢太郎氏、NTTドコモ 無線アクセスネットワーク部 上田明頌氏、君島健太氏

Photos : Tadayuki Uemura
Text:Hitomi Suto