2019年1月18日、ドコモは映像新技術を使った新しい音楽ライブ視聴が楽しめる「新体感ライブ」をリリースした。
5G時代を見据えた"新音楽ライブ体験"の1つとして位置付けられたこのサービスは、 一体どのようにして生まれたのだろうか? そして今後、どこに向かっていくのだろうか? NTTドコモの駒野真以氏、そして協業パートナーであるNTTぷらら 中鳥直人氏、タワーレコード 大江信宏氏が開発背景と今後の5G×音楽ライブ市場の展望を語る。

新体感ライブの開発メンバー

左から、NTTぷらら コンテンツ事業本部 サービス戦略部 デジタル・コンテンツ担当 中鳥直人氏、NTTドコモコンシューマビジネス推進部 デジタルコンテンツ企画担当主査 駒野真以氏、タワーレコード ビジネスディベロップメント推進本部 ブランドディベロップメント統括部長 大江信宏氏

ライブ1本まるごと自分好みの映像だけを楽しめる

——まずは、新体感ライブのメイン機能である「マルチアングルライブ」について詳しく教えてください。

駒野氏:アーティストの音楽ライブの生配信映像を個別課金で購入し、アプリ上でさまざまなアングルの映像から好きなものを選んで、リアルタイムまたは後日に視聴することができる機能です。生配信中のコメント機能も提供しています。

ライブ映像を視聴する画面は複数に分かれており、たとえばバンドだったら、メンバー全員を映しているスイッチングアウト映像と、ギター、ドラム、ベースといったそれぞれのメンバーに対する固定カメラの映像を同時に楽しむといったことができます。また、ドラムのメンバーだけを拡大して、延々と観るということもできます。マルチアングル映像は、DVDなどの特典で提供されるケースもありますが、ライブ1本まるごと”推し”だけを見ることができるサービスは他にあまりないと思いますね。

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大江氏:マルチアングルライブは、新体感ライブのWebサイトから購入することもできますが、それとは別にオリジナル特典付パッケージをタワーレコードの店舗とECサイトで販売しています。デジタルコンテンツではありますが、モノとしてきちんと販売するという形式をとっているのが特長です。

ファンが勝手に楽しみ方を拡張! グッズとしてのARフィギュアの可能性

——もう1つの目玉機能である「ARフィギュア」についても詳しく教えてください。

駒野氏:グッズなどにプリントされたARマーカーをアプリで読み取ることで、アーティストのCGが出現する機能です。CGは360度どんな角度からでも見ることができます。

中鳥氏:アーティストのCGは、360度カメラに囲まれた部屋で全身を撮影させていただいたご本人の画像を3Dデータ化して作成しています。また、モーションスーツを着た状態で1曲まるごと演奏していただいているため、動きもご本人のもので、演奏の仕方のクセまで再現できています。

大江氏:バンドメンバー全員のARマーカーをアプリに映した状態でボーカルのマーカーだけを画面から外すと、ボーカルパートを除く他のバンドメンバーの演奏のみを鑑賞することもできます。Twitterでのユーザーの反応をみていると、海外の風景の画像にARフィギュアを重ねて「海外公演だ!」といった楽しみ方をしているユーザーもいらっしゃるようです。

駒野氏:ARマーカーは拡大した分だけ大きく表示させることができるので、ARマーカーを拡大プリントして、等身大のCGが表示されるようにして楽しまれている方もいらっしゃるようです。このようにファンの方が自分たちで使い方や楽しみ方を拡張して、それが自然増殖的に広がっていく様子は見ていて非常におもしろいですね。

サイレントサイレンのARフィギュア

——ARフィギュアはどのような形式で販売されているのですか?

駒野氏:たとえばARマーカーがプリントされた生写真とフォトアルバムを特典としてCDにバンドルする形や、ARマーカーをプリントした缶バッジを制作し、タワーレコード限定で販売しているARフィギュアは、マルチアングルライブに比べて、グッズとしての意味合いが強い機能になっていますね。

——新体感ライブの機能として、ライブ観戦をアップデートするマルチアングルライブはわかりやすいのですが、ARフィギュアをつくろうという発想は少し意外な感じがあります。開発のきっかけは何だったのですか?

中鳥氏:もともとはライブ本番だけではなく、ライブに行く前後も含めたサービスができないかということで新体感ライブの機能を考えていました。まさにライブの前後に会場で販売されているグッズに、スマートフォンというデジタルなものを組み合わせるとどういうものができるだろうという発想からARフィギュアの開発は始まりました。そしてトライアルを通して需要を確認し、サービス化に至った形です。

大江氏:やはり音楽ファンに喜んでいただくためには、グッズのコレクション性が重要です。CDの特典などもそうですが、コレクションする楽しさがユーザーの大きな購入動機につながっていると思っていますので、ARフィギュアもリアルのモノとして楽しんでいただけるような形で販売しています。

3社の強みを活かした、新しい音楽ライブ体験を

——新体感ライブの提供に至った背景について教えてください。

駒野氏:ライブはやはり本会場で盛り上がるのが一番楽しいですが、チケットが取れなかったり、仕事があったり、妊娠中だったり、受験生だったり……など、さまざまな事情で本会場に足を運べない方たちに、本会場とはまた違ったライブの楽しみ方を提供したいという思いから新体感ライブはスタートしました。これは、5G時代に向けて新たな映像の技術を試していきたいというドコモのビジョンとも合致していました。「ライブはもっと、もっと自由になる」というキャッチコピーのとおり、新しい音楽ライブの視聴価値を提供していくことを目的としています。

——3社の役割分担はどのようになっていますか。

駒野氏:ドコモはサービス主体として、全体の枠組みや企画を考えました。NTTぷららには、システムとアプリの開発・運用およびコンテンツ調達、タワーレコードには、販売とプロモーションを主にお願いしています。

中鳥氏:NTTぷららは、ドコモとの協業として「dTVチャンネル」と「ひかりTV for docomo」という2つの映像配信サービスをすでに提供していますので、新体感ライブはNTTぷららとしてドコモと一緒に立ち上げる3つめの映像配信サービスとなります。

大江氏:私たちタワーレコードの強みは音楽ファンとの直接的な接点を持っていることです。どんなアーティストにどんなファンがいて、それぞれのファンがどんなものを好んでいるかという知見を活かし、たとえばアイドルであれば生写真、ロックバンド系であれば缶バッチが好まれるなどといったように、商品開発のアドバイスもさせていただいています。

新体感ライブの開発メンバー

——新体感ライブのサービス開発において苦労された点や課題があれば、それぞれお伺いしたいです。

駒野氏:リリースしたばかりのサービスなので、今まさにこれから課題を掘り起こそうとしているところですが、個別課金という形式でかつこの金額でユーザーに受け入れられるのかという点、そしてビジネスとしてきちんと収益性のあるサービスになっていくのかという点が一番の課題だと思っています。

中鳥氏:コンテンツ調達には非常に苦労しましたね。音楽ライブは、配信に衛星放送事業者が関わっているなど、座組みがすでに決まっていることが多く、今までにないサービスが後発で配信権を獲得しようとすることは非常に難しいです。当初は営業に行ってもすべて断わられているような状況でした。事後配信は他社を利用するが、生配信は新体感ライブで、といったようにうまくセグメントを切って、間隙を縫うような形で交渉を進めていきました。

大江氏:販売する側としても、一般的なDVDやBlu-layの販売とは異なり、これまでにない商材であるということは課題でした。新体感ライブは、アーティストによって、期間限定配信だったり、見逃し配信もできたり、ARフィギュアが付属したり……とさまざまな販売形態をとります。これをお客様にどう説明すればよいかという点は、苦労しましたね。

タワーレコード 大江 信宏

ファンをもっとファンにするだけでなく、新しいファンの獲得にもつなげる

——現時点でのユーザーの反応はいかがですか? 一般消費者だけでなく、アーティスト側の意見もあればお聞きしたいです。

駒野氏:サカナクションのライブの生配信限定でコメント機能を付けてみたのですが、非常に好評であることがわかりました。コメント機能を運用する際には、「コメント欄が荒れる」心配はつきものですが、新体感ライブの生配信では、荒れるどころか非常に暖かく盛り上がっていたんです。お金を出して買っていただいている分、本当のファンしかいないので、ファンの聖域のような空気感ができあがっていました。Twitterには、「ライブの現場で味わえる感覚とは別の、この場だからこそ共感できる空間ができていたよね」といったようなコメントもありました。

中鳥氏:事務所側も「ファンがコメント機能でこんなに盛り上がっているところは初めて見た」と、かなり気に入ってくださったようでした。

——タワーレコード店頭などでのお客さんの反応はいかがでしたか?

大江氏:SILENT SIRENのライブ会場での物販で、新体感ライブのパッケージを販売した際には、ライブ終了後のファンの方の熱量が高いときの売れ行きが良かったと聞いています。現場のライブを楽しむだけでなく、新体感ライブの見逃し配信で、改めて別の角度からみるといったような、1つのライブを2度味わいたい気持ちが生まれているということなのではないでしょうか。

—— 一方で、新体感ライブではじめてアーティストのライブ映像をみて、次は会場へ足を運んでみようというファンの方もいらっしゃると思います。

駒野氏:サカナクションの生配信でも「新体感ライブをきっかけにファンを増やしたい」というコメントはたくさんありました。

中鳥氏:「やっぱりライブに行ってみたくなった」というコメントも多かったですね。事務所としては、ライブを配信することによって会場に来てもらえなくなるのではという懸念があるようですが、サカナクションのライブをはじめ、これからの事例を通してそうではないということを証明していければ、新体感ライブはもっと広がっていくと考えています。

NTTぷらら 中鳥 直人

「新体感ライブ」そして「5G×音楽ライブ市場」の展望は

——音楽ライブ配信は映像だけでなく、音も重要になると思います。今後、音に関する機能が強化されていくことはありえますか?

中鳥氏:音にこだわりを持たれるアーティストは多くいらっしゃると思います。多くのアーティストの方々にもご協力いただけるようにサービスを改善していければと思っています。別のサービスではより臨場感のある音が楽しめる施策に取り組んでいるので、そうした知見を活かして、いずれは音の領域にも踏み込んでいきたいですね。

——最後に、5G時代が到来したときに音楽ライブ市場はどう変わっていくか、みなさんのお考えをお聞かせください。

大江氏:時間的制約、地理的制約から解放されて、いつでもどこでも気軽にライブを楽しめるようになるというのが一番大きいのではないでしょうか。そしてそれぞれの鑑賞方法によって違う楽しみ方もできるようになると考えています。

中鳥氏:音楽ライブの裾野は広がりそうですよね。これまでパケット通信量を気にして動画をあまり見ていなかった人たちも、5Gになることで外でも気軽に動画を楽しめるような環境が整ってくれば、音楽ライブをはじめ、さまざまなエンタメに触れる機会が増えるのではないでしょうか。

駒野氏:ライブ映像で活きる5Gの特長は「大容量」そして「低遅延」です。大きなデータ量の映像がストレスなく鑑賞できる環境が整うことで、マルチアングルライブなどもさらにストレスなく見ていただけるようになると考えています。そうしたときに、生配信にこだわりたいという思いはあります。音楽ライブは将来的に、別々の場所にいる人たちが同じ時間を共有するための媒介になっていくものであると考えています。その際に、やはり5Gの技術は必須となってくるでしょう。

NTTドコモ 駒野 真以

——5Gの”つながる”という性質が、音楽ライブにも活かされてくるということですね。

駒野氏:”つながる”という意味では、コメント機能のように、ライブの演出に参加できる「インタラクティブ性」は1つのキーワードになるかもしれません。今後はコメント機能のほかにも、本会場やアーティストともっとやり取りができるような機能を追加していくことで、ファンの方により参加していただけるような形をつくっていきたいです。

そして、音楽ライブへの”距離”をなくしていきたいですね。それは、物理的な距離だけでなく、気持ち的な距離という意味もあります。今後は新体感ライブありきでアーティストの方にライブの演出を考えていただけるようになると、もっといろんなことができるようになると期待しています。

Photos : Tadayuki Uemura
Text:Hitomi Suto