コラム:イノベーション創発への挑戦

人工知能、実現へ総力戦

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人型機械だけではなく、会話能力を持つコンピュータープログラムもロボットと呼ぶ。このロボットの知性はどこまで人に近づくのだろうか?

これに関して今から65年ほど前に計算機科学の父、アラン・チューリングが提唱した「チューリングテスト」という判定試験がある。試験されるのはロボットで、判定するのは人間だ。

「壁の向こうにいる相手が、人かロボットのどちらかである」という設定で、判定者はその見えない相手と会話して相手が人なのかロボットなのかを言い当てる。もし、ロボットが多くの判定者を自分が人であるとだませたら、そのロボットは試験に合格。その知性は人と同等だ。

その未達の夢に関して、2014年6月の初旬、英レディング大学がチューリングテストを主催し、応募したロボットが合格したと発表した。そのロボットはウクライナ在住の13歳、英語を勉強中で名前はユージン君という設定。ユージン君はこんなやりとりができる。

質問者「ワールドカップではどこが勝つと思う?」

ユージン君「私が思うにそれはとても面倒な催しです。ゴキブリレースのほうがまだ知的で面白い催しだと思います」

こういった受け答えで複数の判定者がロボットのユージン君を人だと勘違いした。英語を勉強中のウクライナの少年という甘めの設定がズルイという指摘はあるが、人工知能が人に近づいた、として話題になった。

2013年末、米国である健康保険勧誘の電話が「ロボットではないか?」と噂になった。勧誘電話の主はサマンサ・ウェストと名乗る女性であった。そのサマンサは流ちょうな英語を話すうえ、彼女の得意な勧誘に限った会話となると、相手は「人かも?」と錯覚する。

しかし、イマイチ話が噛み合わない。「トマトスープに入っている野菜は?」との質問には答えられない。「あなたはロボットなのか?」という質問には「あはは、私は生身の人間よ。OK?」と変な返事。真相は、勧誘側の人に操作される「半自動化されたロボット」が話しているらしい。電話の相手が人に限らないというビミョーな時代になっている。

  • 人工知能の作り方は?・・・

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    局面を限定したチューリングテストに合格し、かつ実サービスにも有用なロボットは今後、増えてくる。そのような人工知能を作るには、天才技術者を集めた新技術開発が一番に必要だと思われたのなら、ちょっと違う。ユージン君もサマンサも既存の技術の組み合わせだ。より大事なのはデータである。

    もし、世界中で話されている人の会話を全て記録することができれば、ロボットはほとんどの会話を再現することができる。もし、実世界とインターネットからの情報を全て把握できれば、ロボットは大抵の質問に答えることができる。

    例えば、ユージン君のために道路の渋滞情報を問い合わせるたくさんの会話データを用意し、渋滞を実時間で計測するシステムを作れば、彼は道路交通情報に関する有用な会話ができるはずだ。しかし、現実は厳しい。会話技術は進歩しても、見合うデータが無い。

    これでお分かりだろう。今後10年を俯瞰(ふかん)すると、音声・画像認識、会話、通訳などの知性のあるロボットの実現はデータ勝負のパワーゲームだ。課題は必要なデータをどうやって獲得するかという仕掛けだ。

    それにはビジネスモデルを考慮したサービス設計を伴う。最新の技術を見極めて使うというセンスと、どうやってデータを集め商売として回すかというセンスが不可欠だ。技術開発とビジネス開発を同時に行うチーム作りが必須である。

    チューリングテストというネタのオチは「人工知能実現は技術とビジネスの総力戦」ということ。その勝者が夢と思われたサービスを実現する。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2014年7月10日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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