コラム:イノベーション創発への挑戦

イケてるICT国を見た

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「栄藤さんが出張から戻るたびに仕事が増える」と部下が私に愚痴をこぼす。今回も同じことを言われそうだ。

フィンランド政府の招待で首都ヘルシンキとバルト海を挟んで対岸に位置するエストニアの首都タリンの2都市を訪問する機会を得た。公共サービスのICT(情報通信技術)化がどこまで進んでいるかを知り、どこに商機があるかを見極めることが狙いだった。

エストニアのICT化は私の想像をはるかに超えていた。すべての学校にコンピューター設備があり、国民の98%が所得に関する納税を電子的に行い、投票の30%がインターネット経由で、投薬の95%は電子化された処方箋で行われている。

これにより国民総生産(GNP)の2%に相当する効率化が実施され、それは国防予算に匹敵するという。それらの数字を肌感覚で理解するために、エストニア人の生活の一部を説明したい。

国民全てが本人認証キーの入った顔写真付きのIDカードを持ち、全ての公共サービスで利用する。認証キーには銀行口座、電気、電話の契約がひも付いており、支払いは自動引き落としだ。

車の運転もIDカードで可能だ。スピード違反をすると警察官はカードからサーバーに本人情報を照会し、銀行口座から反則金を引き落とす。

会社の設立も技術的には数分で可能だ。不動産や車の登録もオンラインで行える。

電子的に所得が捕捉されているので、銀行口座入出金情報へのアクセスを徴税当局に許諾すれば税務処理は徴税当局が行う。本人が納税申告する日本とは逆となる。税理士という職業が存在しない国とも言われる。

1991年に旧ソビエト連邦から再独立したエストニアの人口は130万人。その小国の戦略は電子認証を使った新しいビジネスを推進することであり、ICT化で生まれた余剰労働力を新しいビジネスに振り向けることだ。まるで130万人の従業員を抱える高度にICT化された企業だ。

  • エストニアを企業に例えるとどうなるか?

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    エストニアをE社、国民を社員と呼び替えてみよう。紙を電子媒体に置き換えることや、手作業をコンピューター処理に置き換えることがICT化の本質ではない。縦割りの組織の連携を行い従来起こせなかったサービスを起こすこと、情報を収集し組織運営を最適化することがE社の目的となる。

    E社の各部門は社員の個人情報にアクセスできる。一方で社員は「誰が何の目的で何の情報をアクセスしたか」を閲覧できる。情報管理の透明性を高める施策がある。プライバシー保護やデータの不正利用のけん制、全体システムの可用性維持のためにデータベースは各部門に分散管理されており、部門間通信は記録されている。

    E社は各部門のシステム実装の独立性を担保した上で部門間の相互運用性を高めるシステム手法を採用している。その上にセキュリティー対策と部門間データ交換を安全に行う仕組みがある。

    「これをイマ風のクラウド技術で組むとどうなる」というのが出張から戻った私から部下への宿題だ。

    E社がイケてるICT会社ではなく、政府であるということは衝撃的だった。フィンランド財務省特別顧問のオリペッカ・リッサネン氏にエストニアの強みを尋ねた。

    彼は「彼らはリスクテイカー(勝負師)だ。フィンランドならテストを繰り返して110%安全と確認してから使う」と答えた。

    同じ質問にエストニア政府最高情報責任者(CIO)のターヴィ・コトカ氏はこう返した。

    「我々は取りうる施策のリスクとベネフィット(利益)を適切に評価し、日々判断して実行しているだけだ」

    マイッタ。挑戦している。意識改革は私への宿題にしておこう。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤による2015年12月24日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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