コラム:イノベーション創発への挑戦

中国からの「他山の石」

中国からの「他山の石」

2023年6月末、上海市科学学研究所の招待で科学・技術・イノベーションに関するシンクタンク国際シンポジウムに参加した。そのシンポジウムでは人工知能(AI)の発展が社会に及ぼす影響、AIを中心とする科学政策が議論された。

基調講演者の1人、中国科学技術発展戦略研究院長の3点の発言が印象に残っている。

①「AIは単独で成り立つ技術領域ではなく、化学、生命科学、数学、物理学といった他分野における触媒としての役割を担う技術として位置づける。AI、量子科学、核融合技術は相互に補強しあう技術領域となる」

②「企業を中心とした協働体制の強化を推進することで、破壊的技術エコシステムの支配力を向上させる。企業は市場への感度が高く、資源の配置能力に優れ、異なる学問領域の研究を組織する能力がある。米国では、AI、量子科学、核融合技術といった分野では、企業がリーダーシップを握っている。特にGoogle、Microsoft、IBMが好例だ。中国でも、企業の活力を最大限に引き出す政策の推進と支援を行う」

③「世界最高水準のAI、量子科学、物理学、数学の才能を集積し、世界各国との広範な交流と協力を促進する。交流を妨げる障壁を排除し、技術革新の『ハブ』の一角となることで、中国が国際的なイノベーションエコシステムに深く融合することを目指したい」

中国と日本との間には政治システムの違いはあるが、述べられていることは共通する価値観だろう。中国を日本に置き換えても違和感がない。ただし、日本の課題は実行力となる。

「他山の石」という中国の古典に由来する言葉がある。「他の山の石を使って自分の宝石(玉)を磨くことができる」という事例から、他人の成功や失敗を自分の学習や自己改善のために活用することの重要性を指摘している。

上海中心部を走る自動車の3割ほどがすでに電気自動車だ。タクシーはスマホアプリで呼び、支払いは自動だ。

道路交通は東京以上に整然としている。速度違反や走行区分違反をすれば2分以内に携帯電話に反則金通知が来るからだ。自動車だけではない。自転車で歩道の走行禁止域を走っても顔認識で本人の携帯電話に反則金通知が来る。監視社会とやゆするのは簡単だが、日本の街頭犯罪の減少に防犯カメラの増加が貢献していることに留意したい。

同時期にモバイルワールドコングレス上海というモバイル通信の最新技術や製品が展示・発表される会議が開催されていた。3万7000人の来場者の1名として中国市場を中心とする新製品の発表を見てきた。ため息が出るのは5Gの基地局の値段が一ケタ安い。その上、基地局の設置申請から設置までの期間が日本では1年、彼の地では最短で数日と2ケタ短い。

5Gの基地局製造には多くの新興企業が参入して市場が活性化している。市場規模の彼我の違いはあるにしても、5Gという新しい産業インフラに向き合う姿勢に元気度が違いすぎる。

科学技術の発展競争はボーダーレスだ。他山の石がたくさんある。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2023年12月20日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

他のコラムを読む

このページのトップへ