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容量/エリア拡大・国際ローミングを実現する携帯電話無線回路技術〜3.FOMA無線送受信回路の変遷

移動端末の無線送受信回路は、技術的な要求、サービス面での要望を満足させるため、その時々の最新の無線回路技術[8][9]を導入してきた。初期から最新モデルまでの無線送受信回路の構成の変遷を図3に示す。この図では、送信部の構成のみを記載しているが、受信回路も同様な変遷をたどっており、記載を省略している。

図3 無線送受信回路構成の変遷

初期のFOMA移動端末は、PDC技術の延長上にあったことから、スーパヘテロダイン方式を用いて無線送受信回路を構成していた(図3(a))。この方式は、中間周波数でいったん直交変調を行った後に無線周波数帯まで周波数変換を行うものである。この方式の特長は、低い周波数帯で直交変調、直交検波などの信号処理を行うため、安定した性能を得ることができるという利点がある。しかしながら、部品点数が多く、かつ小型化が難しいIF(Intermediate Frequency)段のフィルタが必要となるため、移動端末として小型化が困難という欠点があった。そのため、この構成での移動端末開発は、本格的なFOMA普及を目指すうえで限界にあった。

この課題を解決するため、FOMA 900iシリーズ以降、ダイレクト変換方式(ホモダイン方式)を採用するようになった。本方式はベースバンド帯と無線周波数帯とを直接直交変調、直交検波する方式であり、IF段のフィルタが不要になることや、シンセサイザが送受各1個で実現できるようになることから、回路の小型化、集積化が容易になった[10][11]。本技術の採用が可能となった理由としては、SiGe-BiCMOS注意1などのアナログ半導体プロセスの進化がその1つであるが、W-CDMAを採用したことでダイレクト受信機の実現が容易になったことも関係している。つまり、当初、ダイレクト変換方式はGSMで採用され、GSM移動端末の小型化、低価格化に貢献していたが、PDCでは信号帯域がGSMと比較して10分の1程度と狭く、特にダイレクト受信機での歪(2次歪など)による劣化要因を除去することが困難であった。それに対し、W-CDMAはGSMよりもさらに10倍以上帯域が広いため、GSMで確立した技術を応用することが容易であった。

そして、この構成(図3(b))を基本にして回路の最適化を図ることで、800MHz帯、1.7GHz帯の周波数追加を実現していった[1]。また同時に、この時期はアナデジ混載IC技術注意2の進歩により、ABB(Analog BaseBand)注意3部の集積化が図られた[12]。

さらに最近では、HSPA(High Speed Packet Access)方式の開発が本格化しており、無線送受信回路に対しては、小型化だけでなく、精度の向上も求められるようになった。これに対し、アナログ回路依存度が高いダイレクト変換方式では、EVM(Error Vector Magnitude)注意4性能、干渉波耐力の向上が難しくなった。そこで現在、デジタルRF 方式(図3(c))採用の検討が進んでおり、採用事例も増えてきている。この方式は、機能的にはダイレクト変換部とABB部を統合したものであるが、アナログ回路とデジタル回路の機能配分を大幅に見直し、フィルタリング、歪補償、ゲイン調整などをデジタル信号処理により実行することで、送受信性能の向上を図ることを可能にしている。この技術の検討が進められている背景には、アナログ/デジタル変換器(ADC:Analog to Digital Converter)、デジタル/アナログ変換器(DAC:Digital to Analog Converter)の性能向上、半導体プロセス技術の進歩が挙げられる。つまり、ADC、DACの性能向上によりデジタル信号処理による精度の高い信号処理が実現できるようになったことに加え、RFCMOS技術注意5の進歩により、高周波アナログ回路とデジタル回路の混載効率が向上し、また、サブミクロンオーダの半導体プロセスの普及により、同一機能を実現する際、プロセスに依存するデジタル回路のほうが材料定数に依存するアナログ回路に比べて、小さく実現できるようになったためである。今後、このデジタルRF方式をベースに無線送受信回路技術が進歩していくものと考えられる。

1帯域当りの無線送受信回路の実装面積推移を図4に示す。これまで説明したように、回路構成面の進化によりトランシーバ部の大幅な回路規模の削減を実現してきた。一方、フロントエンド部についてもフィルタ類の小型化やモジュール技術の進歩により、小型化を達成している[13]。これらを総合すると、初期FOMAと比較して現在の構成は、60%以上の回路規模の削減が図られている。その結果、表2に示す最大構成であっても、現在ではFOMA 900iよりも小さな実装面積で無線送受信回路が実現可能となった。

図4 実装面積の推移

最新モデルへの搭載が予測される無線送受信回路の構成を図5に示す。この図は、現在、各RFIC(Radio Frequency Integrated Circuit)メーカから発表されている次期トランシーバICの情報に基づいて構成したものである。この図に示すように、今後、W-CDMA/GSM統合した構成が主流となり、さらにトランシーバICとDBB(Digital Base Band)間インタフェースに関しては、業界標準規格[14]であるDigRF3G注意6を採用する傾向にあり、規格統一が進んでいくと考えられる。

図5 2008年での無線送受信回路構成(予測)

  • 注意1 SiGe-BiCMOS:シリコンゲルマニウム(シリコンに対し少量のゲルマニウムが添加された半導体素材)を用いてBiCMOSゲートを構成する半導体回路。
  • 注意2 アナデジ混載IC技術:アナログ回路とデジタル回路を同一基板上に搭載するIC製造技術。
  • 注意3 ABB:ベースバンド帯の処理を行うアナログ回路。主にADC、DACで構成される。
  • 注意4 EVM:信号精度を表す指標。本来あるべき信号位置と変復調した結果の実際の信号の位置とのずれ。
  • 注意5 RFCMOS 技術:無線通信で使用される周波数帯で使用されるCMOS 回路技術。
  • 注意6 DigRF3G:業界団体であるDigital Interface Working Group が策定した第3世代携帯電話向けのベースバンドプロセッサとトランシーバICとの間のデジタルインタフェース規格。

本記事は、テクニカル・ジャーナルVol.16 No.2に、掲載されています。