コラム:イノベーション創発への挑戦

デジタル変革 社内の力で

デジタル変革 社内の力で

日本の製造、飲食、運輸、金融、小売等の業界の事業改革には、デジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)が必須である――。これまで私はこう繰り返し訴えてきた。業務の生産性向上、他産業と組んでの新規事業の起点になるからだ。

IT(情報技術)の導入は確実に数パーセントの生産性向上をもたらす。製造業など粗利率の低い業種では、その効果は大きい。インターネットの発展は小売事業と宅配事業を結合して通販事業の拡大に貢献した。20年前にはなかった事業がデジタル変革の結果として、今は当たり前の存在となっている。

最近になり、デジタル変革が「DX」と略されるほどはやり言葉になってきた。DXが必要だと認識されることはうれしいが、本質が曖昧になったはやり言葉になると問題が起きる。IT業界では「それをやってはダメ」という事象をアンチパターンというが、ここでは2つのアンチパターンを命名したい。

一つは「魔法の言葉」だ。1990年代、洗濯機、エアコン、電子レンジに人間の思考や行動の曖昧さを取り入れたとうたう家電製品が登場した。キャッチフレーズは「ニューロ・ファジィ」。実態はマイコンと呼ぶ家電を制御するコンピューター部品を導入した自動化で、ファジィ技術の本質はそこにはなかった。

「魔法の言葉」というアンチパターンは、ユーザーには本質が理解できない技術用語で先進性を訴求して製品・サービスを売ることを指す。近年は人工知能(AI)が、魔法の言葉になりつつある。「よく分からないが、なんだかすごそうだ。人間と同等の知性があるのでは」という魔法をユーザーにかけるような事例が多い。今後、DXとAIが両輪となって全産業の生産性向上と生活スタイルを変えるイノベーションが起きる。脱線せずに本質的な創造を行っていくには、魔法の言葉は邪魔だ。

2つ目のアンチパターンは「手段の目的化」だ。これは「IT分野のはやり言葉に踊らされた経営陣が、本来の目的と手段を取り違えてプロジェクトを進め、その結果、失敗し、以後その手段が禁忌となってしまう」ことを指す。

魔法の言葉にだまされず、手段を目的化せずに、AIを導入したりDXを推進したりするには、技術と事業をセットで考えられる人材と外部IT企業を探す必要がある。ただ、残念ながら多くの日本企業ではITと事業活動が分断されており、事業計画は内部でやるが、システム開発は外部IT企業任せという体制が続いている。

アンチパターンの落とし穴にはまらないためには、内部IT技術者を育て、デジタル変革を社内でやっていくしかない。事業が分かっている自分たちだけが、「それでいくらもうかる」と言えるからだ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2018年11月28日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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