コラム:イノベーション創発への挑戦

機械翻訳、時期が来た

機械翻訳、時期が来た

大学教員を務めながら、機械翻訳技術を開発するみらい翻訳という会社の社長をしている。会社のビジョンは「2028年までに機械翻訳を世界共通語にする」だ。英語を話さないことがハンディキャップにならない世界を目指している。それを達成するめどが立ってきた。2019年は機械翻訳の性能向上が広く知られる画期的な年になりそうだ。

機械翻訳とはコンピューターによる自動翻訳だ。機械で英語の文章を日本語に変換する。あるいは日本語の文章を中国語に変換する。みらい翻訳の事業モデルはセキュリティーの厳しい産業文書の機械翻訳だが、市場調査のため「お試し翻訳」という無料サイトも運営している。無料サービス利用者の体験がSNSに投稿され、それを読むと利用状況や評判が分かる。

みらい翻訳の機械翻訳の性能がTOEIC960点相当の日本人ビジネスマンの翻訳能力を超えたと発表すると、無料サイトの利用者が急激に増えた。ツイッターからは英語論文の読破や日本語非対応のゲームなど、幅広く使われていることが分かる。「無料でグーグル翻訳より高性能」との評価もあった。

学んだことは以下の2つだ。まず研究と事業は一体と考え、事業として研究する高速開発能力が必須となる。次にローカルデータに注目し、それを収益化できるかが生死を分ける。世界同時進行で最新技術が開発され、そのコモディティー化が一気に進む。難しい論文を読む一方で、それを即座に実装する能力も問われる。研究と実装なしに事業化はなく、事業化なしにデータは集まらない。

ローカルデータの存在も必須だ。「ローカル」とは米中の巨大ITグローバル企業が扱わないという意味だ。例えば医療現場の会話や知財交渉の記録などだ。データが局所的に偏在しているところに日本企業の商機がある。ローカルデータの収益化が課題だ。

技術開発では、技術がある性能を超えると急速に利用される。機械翻訳がその臨界点を越えようとしている。数年前までの「あんなもの使えない」から「それなしには生活できない」に変わろうとしている。

技術経営の要諦は、その開発にいつ取り組むかというタイミングの判断だ。早すぎれば失速し、遅ければ負ける。翻訳には直訳と意訳がある。前者は原文の字句に沿って忠実に訳すこと。後者は背景知識と行間の意味を理解し、作文でもするように訳すことだ。

機械ができるのは直訳だ。意訳にはまだ解決すべき課題が多いが、今後いくつかの重大発明が翻訳技術を意訳の世界に近づけるだろう。それに対応した技術開発の時期を事業性から見極めなければならない。タイミングのズレが生死を分ける。人工知能(AI)技術開発のキモは高速開発能力とローカルデータの存在、そしてタイミングだ。

ドコモのイノベーション創発を牽引してきた栄藤氏による2019年6月19日の日経産業新聞「Smart Times」を翻案したものです。

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